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【№8】染井霊園での思いがけない発見

通勤の途中、私としては「思いがけない発見」をいたしました。ある朝、いつものように通勤の徒歩ルートにしている染井霊園の中を歩きながら、何の気なしに、墓碑銘に目をやると、カタカナで「ヤングマン」と掘り込まれている古いお墓が目に飛び込んできました。「ヤングマン」⇒Y・M・C・A、?いやいや、違います。よく目を凝らすと、そのわきに英語表記で「KATE T・M・YOUNGMAN」とあります。とすれば、昔よく耳にしたあのヤングマンさん?。学生の頃、私は青森や東村山、草津、瀬戸内などハンセン病(当時の呼称は”らい病”)の療養所を何か所かお訊ねしたことがあります。その折によく耳にしたのがケート・ヤングマンさんでした。遠く明治初期にキリスト教の伝道のために来日し、新栄女学校(=のちの女子学院)で教鞭をとりながら、ハンセン病に苦しむ人たちを保護し、療養所の開設(目黒区中町に1894年に開設された慰廃園。後に多磨全生園に吸収)に力を尽くし1910年(明治43年)日本の地で亡くなった女性です。墓碑にそのことをうかがい知る記述はありませんでしたが、お名前も、没年からもその方に間違いありません(後日、念のため資料で確認しました)。毎日、墓碑をぼんやりながめながらの道すがらにひっそりと葬されていたとは。私にとっては、学生のころを思い出させてくれるうれしい発見でした。

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